山手線は丸くない
- 2021.03.07
- 鉄道 雑学
- JR京都線, JR東日本, 上野東京ライン, 中央線, 京浜東北線, 国鉄, 埼京線, 宇都宮線, 山手線, 常磐線, 愛称, 日本鉄道, 東北線, 東海道線, 横須賀線, 湘南新宿ライン, 総武線, 線路名称, 運転系統名

-♪丸ぁるい 緑の山手線 ―
某カメラ店のCMソングでもお馴染みですね。(関東ローカルかも)
東京のど真ん中をめぐる環状線である「山手線(やまのてせん)」ですが、ある基準で見てみると、実はひとつながりの円ではないんです。
今回はそんなお話です。
「線路名称」という戸籍
ご存知の様に「山手線」はJR東日本の路線です。
原則としてJR東日本の路線の名前は、前身の「日本国有鉄道(国鉄)」時代の「線路名称」を引き継ぎ、適時変更して使用しています。
「線路名称」とは、それぞれの路線の正式名称として決められていているものです。
これは、私たちが利用する「山手線」や「中央線」などといった一般的に案内されている名称と違って、役所への登録とか、鉄道会社の資産管理などに使われるものでして「路線の戸籍」みたいなものと思って下さい。
大都市圏のJR線は、行先別に路線が並走している部分がありますよね。
例えば、東京駅で見てみると
中央線、山手線、京浜東北線、東海道線、上野東京ライン、横須賀線(地下)の6路線が平行して同方向に、東京駅を発着している事がわかります。(中央線は神田方面のみ、東海道・横須賀線は新橋方面のみ。総武快速線と京葉線は方向が違うので含みません。)
略図にすると、こんな感じです。

この6路線それぞれに「戸籍」を付けていくと重複し、管理上不都合が出てしまいます。
これを避けるため、重複する「戸籍」はひとつにまとめるという原則があります。(JR各社によっては若干の例外が存在しています)
この原則にしたがって「山手線」を見てみましょう。
山手線は3つの路線でひと回り
「山手線」を「線路名称(戸籍)」で追っていくと、以下の3区間にわかれている事がわかります。
東京-田端・・・「東北線」
田端-品川・・・「山手線」
品川-東京・・・「東海道線」
「山手線」の本籍地は、田端から新宿・渋谷を通って品川までで、そこからは「東海道線」と「東北線」を経由して一周する環状線だということになります。
私(管理人)が初めてこの事を知った時は(小学生の頃です。遠ぉい昔になります)、「東北(本)線」の列車は、臨時列車や特殊な運用を除き上野が始発でした。
なので、「東北線」の列車が来ない神田や秋葉原が「東北線」だと言われても、いま一つピンと来なかった事を覚えています。
現在は「上野東京ライン」が出来て、東北線からの列車が東京駅に乗り入れていますから、すっかりそんな違和感を感じなくなりました。
同様に、東京の主だった路線を「線路名称」で見ていくと、次のような区間に分ける事ができます。
中央線
東京-神田・・・「東北線」
神田-代々木・・「中央線」
代々木-新宿・・「山手線」
新宿-大月・・・「中央線」
総武線(中央線各停)
千葉-お茶の水・・「総武線」
お茶の水-三鷹・・「中央線」
常磐線快速
品川-東京・・・「東海道線」
東京-日暮里・・「東北線」
日暮里-取手・・「常磐線」
京浜東北線
大船-横浜・・・「根岸線」
横浜-東京・・・「東海道線」
東京-大宮・・・「東北線」
こんな風になります。
普段何気なく乗っている路線は、様々な区間を経由して走っています。
京浜東北線のように「戸籍」が全く存在しない路線もあったりして、調べてみると結構面白いです。
この他にも、「横須賀線」や「埼京線」、「湘南新宿ライン」なんかも色々な「戸籍」の区間を組み合わせて運行されています。(貨物線を走ったりしています)
「山手線は丸くない」の理由がおわかり頂けましたでしょうか?
一般に使われるのは運転系統名
これまでご説明してきた様に、首都圏の路線の多くは様々な「線路名称(戸籍)」の区間を通ります。
しかし、これでは乗る側にとっては、厄介この上ない事になってしまいますね。
そこで、行先や経由地によって「運転系統名」を決め、電車の色を変えたり、乗り場のホームを整理するなどして、乗客にわかりやすく案内しています。
この「運転系統名」こそが、私たちが普段使う「山手線」や「京浜東北線」などの路線の名前になります。
こちらの「山手線」はちゃんと丸ぁるく走っています。
また、JRになってから、首都圏の「東北線」の一部を「宇都宮線」、関西地区の「東海道線」の一部を「JR京都線」という風に「愛称」をつけて呼ぶ事例も見られる様になりました。
「山手線」は、日本初の民間鉄道(私鉄)である「日本鉄道」が、1885年(明18)に建設したものです。
開業当初は、上越・東北方面から東海道線(横浜)への貨物輸送の目的で利用されていました。
旅客列車は、一日数本しか運転されなかったそうです。
今の姿からは想像できませんね。
その後は首都の発達とともに旅客数が増え、運転系統が変わり、現在のような環状運転が始まったのは1925年(大14)からです。
「山手線」はその歴史を追いかけていくと、それぞれの時代ごとに役割を目まぐるしく変えていて、興味が尽きない路線であります。
例えば、丸い環状線の前は「の」の字で運転されてたり、「緑」の電車は最初は「黄色」かったり、「赤羽線」も「山手線」の一部だったり、「やまてせん」と呼ばれた時代があったり…
今後、当ブログ「鉄道カテゴリー」で「日本鉄道」や「山手線」の記事も書いていきたいと思っています。
参考文献
『日本国有鉄道百年史』(編)日本国有鉄道 1969年⁻74年
(了)
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